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市民版ECRR2010勧告の概要―矢ヶ崎克馬氏解説・監訳
ICRP(国際放射線防護委員会)のリスクモデルを厳しく批判したECRR(欧州放射線リスク委員会)の「2010年勧告」については、昨年11月、山内知也神戸大学大学院教授の監訳により、明石書店から日本語版が発行されています。 明石書店サイト http://www.akashi.co.jp/book/b96169.html
また、翻訳出版に先立ち、昨年の5月には、「美浜の会」ホームページにWEB版が公開されていました。
これをじっくりと通読することが望ましいことは言うまでもありませんが、なかなか言うは易く行うは難しというもので、仮に何とか時間のやりくりをして通読できたとしても、基礎的な知識が不足していると、要点をのみこむこと自体が難しく、また、思わぬ誤解をする恐れも十分にあります。
こういう場合には、信頼できる識者による解説をまず読んで概略を理解することから始めることができれば、これにこしたことはありません。 そういう意味から、「ECRR(欧州放射線リスク委員会)2010年勧告」の「概要」 (239-243ページ)の部分の松元保昭さんによる翻訳と、松元さんからの質問に矢ケ崎克馬さんが答えるというスタイルによる解説とがセットになって配信されていることは、まことに時宜に適ったことで、内部被曝に関心を持つ全ての市民に一読を勧めたいと思います。
「ちきゅう座」サイトに掲載された「市民版ECRR2010勧告の概要」
PDFファイル版
最後に、訳者の松元保昭さんによる「配信にあたって」という文章が「Peace Philosophy Centre」に掲載されていましたのでご紹介します。
(引用開始)
配信にあたって 松元保昭
原発を推進することを「国策」としてきた日本の原子力行政の放射線防護基準は、一貫してICRP(国際放射線防護委員会)およびIAEA(国際原子力機関)の思想とリスク基準に依拠してきました。「安全神話」の根拠であるばかりか、避難勧告、避難区域の設定・見直し・解除、学童避難・疎開、自主避難の理解、水および農酪水産物など食品汚染評価および出荷制限、瓦礫処理、除染(移染)、大気、海洋、河川の汚染リスク評価、そして賠償・補償の基準づくりなど未完の重要な施策にICRPの考え方とリスク基準が用いられ、さらに今後の各種訴訟においても「国際的な参考基準」として適用されることが予想されます。
ICRPのリスク基準は、遺伝子学や分子生物学が確立される以前の段階でつくられたもので、原子力産業の擁護、推進を最優先とし、住民に放射線被曝を受忍強制させるばかりか、なによりも低線量放射線による内部被曝の危険性を「科学的に」無視ないし軽視していることが指摘されています。
IAEAとともに原発を推進するICRPへの根本的批判から生まれた『ECRR(欧州放射線リスク委員会)2010年勧告―低線量電離放射線被曝の健康影響』は、2011年5月にECRR2010翻訳委員会訳として美浜の会ブログに掲載され、2011年11月に山内知也監訳『放射線被ばくによる健康影響とリスク評価―欧州放射線リスク委員会(ECRR)2010年勧告』(明石書店刊)として全文が翻訳出版されています。おかげで、放射線リスク評価をめぐる歴史的、倫理的、生物学的、疫学的な探求による体系的なICRP批判の全貌をみることができます。しかし山内知也監訳でも300数十ページもあり、多岐にわたりそれぞれ専門的な内容なので放射線学などに素人の私たち市民が理解することは、容易でないことも確かです。
放射線防護にかんする政府の諸施策の矛盾点、電力会社やマスコミの虚偽や虚構を見抜くためにも、このECRRの考え方とリスクモデルを、「市民の立場に立った放射線防護の基本」として理解することが非常に大切だと考えます。昨年から「市民版ECRR勧告」をネット上に登場させることはできないかと探ってきましたが、このたび内部被曝の専門家矢ヶ崎克馬さんが監修してくださり、いくつかの質問に応えるかたちで核心にふれた解りやすい解説を書きおろしてくださいました。お蔭で読みやすく、さらに市民の理解が可能な「勧告と概要」になったと思います。
2003年勧告にもとづく「ECRR2010年勧告」は、ICRP、IAEA、UNSCEAR、WHOの諸文書はもとより、5000以上の研究事例にもとづく Yablokov をはじめ、Rawls、Popper、Stowart,A,M、Petkau、Sternglass、Tondel、Miller、Little、Gould、Gofman、Busby、Bandashevskyなどわが国でもよく知られている哲学者、研究者、および澤田昭二氏はじめ日本人研究者23名を含むじつに655件もの研究論文および文書が包括的に参照されています。(ちなみに、IAEA/WHOの報告はほとんどが英文文献による350例の参照にとどまります。)
これらの結論部分を、ECRR理事会が14項目(8ページ)に要約したものがこの「勧告の概要」(Executive Summary 理事会概要)です。勧告本文の最終章、第15.2節の「原理と勧告」12項目の最後には、「本委員会は世界中の全ての政府に対して現行のICRPに基づくリスクモデルを緊急の課題として破棄し、ECRR2010リスクモデルに置き換えることを呼びかける。」とあります。今後、長期にわたる闘いを余儀なくされている日本の市民が、政府や電力会社に対して内部被曝に適用できないICRPリスクモデル基準を撤回させることは重要な目標になっています。
冒頭に述べたように3・11後の、食品暫定規制値、学校放射線基準値、避難区域の解除、除染(移染)、瓦礫処理などをめぐって、方法的に低線量放射線による内部被曝を除外しているICRPのリスク基準に国民的な疑問が湧き起こり、政府関連諸機関がそれに正当に答えられないまま、受忍強制の施策が拡大している現状です。
年間1ミリシーベルトであった日本の被曝許容限度は、事故後、「緊急時年間20~100ミリシーベルト」、「事故収束後年間20~1ミリシーベルト」というICRP基準をもとに拡大され、「直ちに健康に影響を及ぼす値ではない」などと公言したあげく、緊急時なのか収束後なのかをめぐっても恣意的解釈を通じてさらに国民に混乱を与えています。事故後、あわてた政府は首相官邸ホームページに、「放射線から人を守る国際基準~国際放射線防護委員会(ICRP)の防護体系~」(4/27)を発表して「ICRP基準」を強制し、6月には日本学術会議会長が、当時被ばく線量について動揺していた国民に対して、まったく無批判に「国際的に共通の考え方を示すICRP の勧告に従い」ましょう、と押し付ける異例の談話を発表する始末でした。
こうした動きを収束するべく、12月には細野原発事故担当大臣の要請によって元放影研理事長:長瀧重信、および放医研緊急被ばく医療ネットワーク会議委員長:前川和彦を共同主査とする「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」に「報告書」を作成させましたが、内容は終始ICRPのリスク基準を参照・追認するだけのものでした。現在の「科学的知見」は「国連科学委員会(UNSCEAR)、世界保健機関(WHO)、国際原子力機関(IAEA)等の国際的合意」であると前置きして、これらの「国際的な合意では、…100 ミリシーベルト以下の被ばく線量では、…発がんリスクの明らかな増加を証明することは難しい、…現時点では人のリスクを明らかにするには至っていない」などと、政府の施策である「年間20ミリシーベルト」を援護している「結論」を国民に押し付けています。この2月には首相官邸のホームページにも再掲されています。
●低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ報告書:2011年12月22日
この「報告書」の重大な問題点は、「科学的知見と国際的合意」を意図的に混同し、「国際的に合意されている科学的知見」という偽装を大前提にしながら、「相反する意見、異なる方法やアプローチも含め」などと、「客観性」を装っていることです。私たち市民が目を覚まされた「レスボス宣言」や「ECRR(欧州放射線リスク委員会)2010」の勧告はもとより、「ドイツ放射線防護協会」、「IPPNW(核戦争防止国際医師会議)」、「ヒューマンライツ・ナウ(HRN)」、「クリラッド(CRIIRAD)放射能に関する研究と独立情報委員会」、「ベラルーシ放射線防護研究所」などの国際的市民科学者の提言、およびユーリ・バンダシェフスキー教授らの専門的知見を無視ないし黙殺し、さらに、わが国の誇るべき内部被曝研究者たちの研究成果と科学的知見も一顧だにしていない「報告」が現在と将来の日本の「リスク
評価基準」になっているのです。
なお、ICRPとIAEA、UNSCEAR、WHO、FAOなどの国連諸機関との歴史的な結びつき、癒着については、「ECRR2010年勧告」の第5章2節に詳しく描かれています。
●第5.2 節 外部および内部被ばくのICRP放射線被ばくモデルの歴史的由来
また、中川保雄『増補・放射線被曝の歴史』(明石書店)に詳しいのでご参照ください。
昨年7月来日したECRRのクリス・バズビー博士は、羽田で次のように述べていました。
『先ず最初に知ってほしいのは、ICRPの基準は役に立たないということです。内部被曝によるガン発症数について誤った予測をだすでしょう。ICRPのモデルは1952年に作られました。DNAが発見されたのは、翌1953年です。
ICRPは、原子爆弾による健康への影響を調べるために設立されました。第二次世界大戦後、大量の核兵器が作られプルトニウムやウランなど、自然界にはないものを世界中に撒き散らしました。このためICRPは、すぐ対策を考えなければなりませんでした。そこで彼らは、物理学に基づいたアプローチをとりました。物理学者は、数学的方程式を使ってシンプルな形にまとめるのが得意です。しかし、人間について方程式で解くのは複雑すぎます。
ついで彼らは、人間を水の袋と仮定し、被曝は、水の袋に伝わったエネルギーの総量によると主張したのです。これはとても単純な方法です。人の形の水の袋に温度計を入れ、放射線を当て温度が上がったら、それが吸収された放射線量というわけです。…』
松井英介氏は「内部被曝問題研究会」の発足記者会見で次のように述べています。
『放射線被曝は、ひとつ一つ多様で異なっている細胞レベルで考えなければなりません。そして細胞レベルのDNAにどのような傷を与えたかを見なければならないのです。ところが国際放射線防護委員会ICRPは、この内部被曝をまったく無視してきました。
体内に入ったアルファ線、ベータ線は、外部からのガンマ線のように一回ではなく、繰り返し長時間、強い放射線を細胞に照射し続けて、細胞核のDNAの2本の螺旋に傷をつけますし、体内の水の分子がイオン化して毒性を発揮する、あるいは近年の分子生物学の成果で知られたバイスタンダー効果によって直接被曝していない隣の細胞が犯されて遺伝的不安定性・ミニサテライト突然変異を招くということも分かっています。このように細胞という場で様々な有害事象が起こっているのです。
人体は内部環境を保つために、免疫ホルモン、自律神経など様々なバリアーやフィルターがありますが、胎盤もその役割を果たしています。ところが100ナノ以下の粒子は胎盤を通過してしまいます。胎児、幼児、子供の細胞の代謝活動は大人以上に活発ですから、子どもは質的に異なる存在とみなければなりません。ICRPは、この子供も大人と一括して扱うのです。
ですからECRRが2003年に提起したように、内部被曝モデルと外部被曝モデルを区別して考えなければならないのです。
ICRPは発足当時、「内部被曝委員会」を設置しましたが、これを2年で閉じてしまいます。その委員長であったカール・モーガンが「ICRPは原子力産業に依拠する立場であったため」と証言しています。つまり通常運転中の原発周辺5キロ圏内にも昆虫や植物の奇形が生まれ、5歳以下の幼児の白血病が2倍以上という結果も報告されています。原子力産業を推進するICRPにとっては、こうした内部被曝の影響を認めるわけにはいかないのです。』
この4月20日、農水省は食品関連の270団体に国の規制値よりも厳しい独自基準で検査することを止めるよう通達を出しました。事故状況や汚染状況の不作為・隠蔽からはじまり、マスコミを使っての除染の過大宣伝、瓦礫の広域処理宣伝など、市民に無理やりICRP(あるいはそれ以上の)「基準」を押し付ける日本という国は、放射能を封じ込めないで言論を封じ込めようとする挙に出ている状況です。放射能を拡散した責任者を処罰することもなく、子どもたちとその未来を放射能と誤魔化しで覆うことは、許されないことです。
市民のいのちと健康を守る施策を実現させ、賠償と補償を勝ち取り、今後の訴訟に打ち克つために、政府関連機関と電力会社が「基準」と信じ込んでいるICRPへの根本的批判と内部被曝の基本的事実が述べられているこの「市民版ECRR2010勧告の概要―矢ヶ崎克馬解説・監訳」をネット上で自由に活用、普及していただきたいと願っています。(2012年4月松元保昭記)
(引用終わり)
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