2013年1月4日金曜日

【いまさら発覚】東電、法令無視して福島原発作業員の手足被ばく測定を事故後2〜3カ月せず【もちろん誤魔化す】



毎日新聞 14()  <福島原発作業員>手足被ばく測定せず…事故後2~3カ月  


―――*原発廃止*―――
*即・原発を廃止しても、使用済み燃料や原子炉廃材の放射能と100万年
低線量被曝に関しては、ECRR(欧州放射線リスク委員会)の「2010年勧告」を基調にする。
*国家権力の横暴を許さず、主権者である国民の命と生活を守る政権の樹立を!
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Nuclear F.C 原発のウソ

参院選に向けたきめ細かな戦術構築が不可欠 @植草一秀



「メルマガ金原」No.1221(一部省略)

小出裕章さんの講演をじっくりと学ぶ(鈴鹿国際大学での講演会を素材とし て)

 2012328日に第1号を配信した「メルマガ金原」において、京都大学原子炉実験所の小出裕章さんの発言、講演、インタビューなどをどれだけ取り上げたか、自分でも数えきれません。
 3.11直後の混乱の中、一体誰の発言が最も信頼できるのか、ネット環境の中を右往左往していた多くの日本人の1人であった私は、かろうじて聞き覚えのあった「小出裕章さん」というお名前が目に触れるたびに、その発信内容に耳を傾けるとともに、MLやメルマガを通じて多くの知人に知らせるということを繰り返していました(当時は「拡散」という用語も知りませんでした)。 そうこうするうちに、「小出裕章(京大助教)非公式まとめ」という篤志家によるブログが立ち上げられたり、「ざまあみやがれい」「みんな楽しくHappy♡がいい」「ぼちぼちいこか。。。」などに発言の文字起こしが掲載されるようになり、強いて私から情報を流す必要性も薄れてきたのかなと思ったりするようになり、メルマガで小出さんを取り上げる頻度も、いっときに比べればだいぶ低くなっていました。
 
 しかし、昨年秋の毎日放送「たね蒔きジャーナル」の番組打切りが象徴するように、反原発に対する「締め付け」「巻き返し」「反動」は、様々な局面で顕著になってきています。 一つ一つの動きの間の脈絡をたどるのは困難ですが(やり過ぎると「陰謀論」に堕す危険性があります)、大きな潮流としては、危険な位相を呈していると言わざるを得ません。
 こういう時だからこそ、小出裕章さんの講演をまるごと咀嚼して学び直すことが有益ではないかと思います。
 小出さんの講演については、You Tube USTRAM にたくさんの映像がアップされており、かえってどれを見たら良いのかと目移りがしますが、このたび、「小出裕章(京大助教)非公式まとめ」に講演会・完全文字起こしが掲載された「20121118 鈴鹿国際大学」での講演会「原発の真実とウソ」を取り上げたいと思います。

映像(You Tube) 2時間2215

文字起こし

 映像を通しで視聴する時間的(あるいは心理的?)余裕のない方は、是非文字起こし版を活用してください。
  http://hiroakikoide.wordpress.com/2012/12/07/packin-2_2012dec1/

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今朝の定例の散歩(8:00~9:30)は、4人(一、公、喬:照)で行った。
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2013年1月3日木曜日

福島県の方々は必見! 【NHKスペシャル】見過ごされた被爆 ~残留放射線 63年目の真実~ 

    


―――*原発廃止*―――
*即・原発を廃止しても、使用済み燃料や原子炉廃材の放射能と100万年
低線量被曝に関しては、ECRR(欧州放射線リスク委員会)の「2010年勧告」を基調にする。
*国家権力の横暴を許さず、主権者である国民の命と生活を守る政権の樹立を!
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Nuclear F.C 原発のウソ

[原発事故から3年目]続出するのか がんを患う子供たち  日刊ゲンダイ




「メルマガ金原」No.1220(一部省略)

ベアテ・シロタ・ゴードンさんを悼む
   
 正月早々、米国からベアテ・シロタ・ゴードンさんの訃報が伝えられました。 毎日新聞の記事を抜粋して引用します。

(引用開始)
訃報:日本国憲法起草のベアテ・シロタ・ゴードンさん死去
毎日新聞 20130101日 1418分(最終更新 0101日 2316分)【ニューヨーク草野和彦】第二次世界大戦後、GHQ(連合国軍総司令部)民政局員として日本国憲法の男女平等などの条項を起草した米国人女性、ベアテ・シロタ・ゴードンさんが昨年12月30日、膵臓(すいぞう)がんのため、ニューヨーク市内の自宅で死亡した。89歳だった。親族が毎日新聞に明らかにした。
 ゴードンさんは生前、「日本の憲法は米国の憲法より素晴らしい。決して『押しつけ』ではない」と主張し、9条(戦争放棄)を含む改憲の動きに反対していた。親族は、故人への供花をする代わりに、作家の大江健三郎さんらが設立した「九条の会」への寄付などを呼びかけている。
 1923年、ウィーン生まれ。有名ピアニストだった父が東京音楽学校(現東京芸大)に招かれたことに伴い、一家で来日。5~15歳まで東京で暮らした。米国の大学に進学後に太平洋戦争が開戦。ニューヨークで米タイム誌に勤務していたころ、日本に残った両親の無事を知ってGHQの民間人要員に応募、45年に再来日した。25人の民政局員の中では最年少の22歳だった。憲法起草委員会では人権部門を担当。10年間の日本生活で、貧しい家の少女の身売りなどを見知っていたことから、女性の地位向上を提案。14条(法の下の平等)や24条(両性の平等)に反映された。
(引用終わり)

 ベアテ・シロタ・ゴードンさんの業績は毎日新聞の記事に要領よくまとめられていますが、とりわけGHQ民政局スタッフであった時代の「(194624日からの)9日間」は、ベアテさんにとっても、また日本人にとっても、「特別な時間」でした。
 その間の事情を、ベアテさんご自身が、2000年(平成12年)52日、第147国会・参議院憲法調査会において参考人として陳述されています。
上記「参議院憲法調査会における参考人の基調発言」の13頁から18頁までがベアテさんの陳述です。
  また、ベアテさんは、200854日から幕張メッセで開催された「9条世界会議」にもゲストスピーカーとして登壇され、多くの聴衆に感銘を与えられました。
 その時のスピーチの一部が You Tube で視聴できます。
※430秒~640秒がベアテさんの発言抜粋。ビデオの最初と最後で池辺晋一郎さん指揮による感動的な『ねがい』が聴けます。
  なお、ベアテさんは、幕張だけではなく、56日、大阪市の舞洲アリーナで開かれた「9条世界会議in関西」にも登壇してスピーチしてくださいました(私はこちらの方を会場でお聴きしました)。
  ベアテさんが最も力を入れて何とか憲法に盛り込もうとした「女性の権利」に関する条項を再確認しておきましょう。 国立国会図書館サイトの中の「日本国憲法の誕生」コーナーに、貴重な資料が集積公開されています。

GHQ原案(194624日から12日にかけて作成)
(資料説明・引用開始)
 GHQ民政局には、憲法草案作成のため、立法権、行政権など分野ごとに条文の起草を担当する8つの委員会と全体の監督と調整を担当する運営委員会が設置された。24日の会議で、ホイットニーはすべての仕事に優先して極秘裏
に作成作業を進めるよう民政局員に指示を下した。各委員会の試案は、7日以降、続々と出来上がり、運営委員会との協議に付された上で原案が作成され、さらに修正の手が加えられ、最終的に全92条の草案にまとめられた。
 本資料群は、そうした民政局内部の一連の作業の記録である。24日の会議の記録、各委員会が運営委員会との協議に向けて準備した試案等、各委員会と運営委員会との協議の記録、協議に基づいて作成された原案の順で、一連の流れを追うことができる。
(引用終わり)

マッカーサー草案(1946213日 日本政府に手交)  
 (英語テキスト)
 (日本語テキスト)
第二十三条 家族ハ人類社会ノ基底ニシテ其ノ伝統ハ善カレ悪シカレ国民ニ滲透ス婚姻ハ男女両性ノ法律上及社会上ノ争フ可カラサル平等ノ上ニ存シ両親ノ強要ノ代リニ相互同意ノ上ニ基礎ツケラレ且男性支配ノ代リニ協力ニ依リ維持セラルヘシ此等ノ原則ニ反スル諸法律ハ廃止セラレ配偶ノ選択、財産権、相続、住所ノ選定、離婚並ニ婚姻及家族ニ関スル其ノ他ノ事項ヲ個人ノ威厳及両性ノ本質ニ立脚スル他ノ法律ヲ以テ之ニ代フヘシ
Article XXIII. The family is the basis of human society and its traditions for good or evil permeate the nation. Marriage shall rest upon the indisputable legal and social equality of both sexes, founded upon mutual consent instead of parental coercion, and maintained through cooperation instead of male domination. Laws contrary to these principles shall be abolished, and replaced by others viewing choice of spouse, property rights,inheritance, choice of domicile, divorce and other matters pertaining to marriage and the family from the standpoint of individual dignity and the essential equality of the sexes.(資料説明・引用開始)
民政局内で書き上げられた憲法草案は、210日夜、マッカーサーのもとに提出された。マッカーサーは、局内で対立のあった、基本的人権を制限又は廃棄する憲法改正を禁止する規定の削除を指示した上で、この草案を基本的に了承した。その後、最終的な調整作業を経て、GHQ草案は12日に完成し、マッカーサーの承認を経て、翌13日、日本政府に提示されることになった。日本政府は、22日の閣議においてGHQ草案の事実上の受け入れを決定し、26日の閣議においてGHQ草案に沿った新しい憲法草案を起草することを決定した。なお、GHQ草案全文の仮訳が閣僚に配布されたのは、25日の臨時閣議の席であった。
(引用終わり) 

「憲法改正草案要綱」(194636日 日本政府発表)
第二十二 婚姻ハ両性双方ノ合意ニ基キテノミ成立シ且夫婦ガ同等ノ権利ヲ有スルコトヲ基本トシ相互ノ協力ニ依リ維持セラルベキコト 配偶ノ選択、財産権、相続、住所ノ選定、離婚並ニ婚姻及家族ニ関スル其ノ他ノ事項ニ関シ個人ノ権威及両性ノ本質的平等ニ立脚スル法律ヲ制定スベキコト
(資料説明・引用開始)
 35日案は、GHQの了解を得て、字句の整理をしたうえで、要綱の形で発表されることとなった。要綱の作成作業は、入江俊郎法制局次長を中心に進められた。要綱は、35日案の英文を基本として、その枠内で、日本文の表現を整えたものである。 36日午後5時、「憲法改正草案要綱」は、勅語や内閣総理大臣の談話などとともに内閣から発表され、謄写刷り版にして新聞社その他の報道機関に配布された。
 「憲法改正草案要綱」は、翌7日の各紙に掲載され、マッカーサーの要綱支持の声明も同時に発表された。ハッシー文書中の資料は、この声明の草稿(第3稿)である。 この要綱の発表が突然であったこと、また、その内容が予想外に「急進的」であることについて、国民は大きな衝撃を受けたが、おおむね好評であった。
(引用終わり)

「日本国憲法」 1946113日公布
 (帝国議会における審議)
第二十四条  婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2  配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

 以上、ベアテさんの草稿がほとんどそのまま生き残って現憲法の条項(24条)となった部分の流れを見てみたのですが、制定過程を振り返ってみると、ロウスト中佐、ワイルズ博士及びベアテさんの3人による人権条項担当チームからの提案が、GHQ民政局(運営委員会)内部における審査や日本政府の抵抗によって次々とそぎ落とされ、24条が奇跡的に残ったのだということが実感されます。 ところで、その24条を、自民党はどう「改正」しようとしているのでしょうか?
自由民主党 日本国憲法改正草案 より(家族、婚姻等に関する基本原則)
第二十四条 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。
2 婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
3 家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
  なぜ、憲法に「家族は、互いに助け合わなければならない」というような条項が必要なのかということについて、同党の「Q&A」は以下のように説明しています
Q16より)。
(引用開始)
 家族は、社会の極めて重要な存在ですが、昨今、家族の絆が薄くなってきていると言われています。こうしたことに鑑みて、24 1 項に家族の規定を新設し、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。」と規定しました。なお、前段については、世界人権宣言163項(「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する」)も参考にしました。 党内議論では、「親子の扶養義務についても明文の規定を置くべきである。」との意見もありましたが、それは基本的に法律事項であることや、「家族は、互
いに助け合わなければならない」という規定を置いたことから、採用しませんでした。
(引用終わり)

 「憲法改正草案」の作成に関わった自民党議員というのは、よほど楽天的なのか、それともよほどバカなのか、判断に苦しみます。 「家族の絆が薄くなってきている」という現状認識(と言うほどの大層なものではありませんが)が仮にある程度正しい一面を有しているとしても、だから「家族は、互いに助け合わなければならない」と憲法に書き込むことによって、その現状
が少しでも「改善」に向かうと考えているとしたら(「Q&A」を読めばそう考えているとしか読めませんが)、要するに彼ら、彼女らは、「憲法というのは『国民』が守るべき(道徳)規範である」と考えているということに他なりません。つまり、「憲法」とは、「軍人勅諭」(1882年)や「教育勅語」(1890年)のごときものであると考えているのだと解しない限り、この「改正草案」や「Q&A」は理解できません。 立憲主義も天賦人権思想も解しない者たちが寄ってたかって作ったのが自民党「日本国憲法改正草案」だとすれば、いまさら「家族は、互いに助け合わなければならない」程度に驚いていても仕方がないのですが。

 私たちは、日本国憲法制定過程に、片山さつき(自民党憲法改正推進本部起草委員会委員)の如き者ではなく、ベアテ・シロタ・ゴードンさんのような優れた女性が関わってくれた「天の配剤」に感謝しつつ、そのご冥福をお祈りしたいと思います。

 最後に、日本国憲法制定過程についての研究には膨大な蓄積がありますが、インターネット環境で主要な基礎文献に目を通すことができるサイトとして、上にご紹介した「日本国憲法の誕生」(国会図書館)は非常に重要です。

 また、2000年(平成12年)1月召集の第147回国会で衆参両院に設置された憲法調査会がそれぞれ2005年(平成17年)4月に報告書を各議長に提出して公開されています。

 さらに、そんなに膨大な資料に目を通している時間はない、という大半の人のために、文庫本で読める分かりやすい文献を3冊ご紹介しておきます(前2著は既に絶版のようですが、中古品がネットで容易に入手できます)。

『新憲法の誕生』 古関彰一 著 (中公文庫)
 19954月刊(単行本は19895月に中央公論社より刊行) 吉野作造賞受賞

『憲法はまだか』 ジェームス三木 (角川文庫)
 20074月刊(単行本は20025月に角川書店より刊行) 1996年にNHKから放映された同題のTVドラマのオリジナル脚本をベースに脚本家自身が小説化したもので、非常に分かりやすく引き込まれます。 フィクションとはいえ、基本となる事実はしっかりと押さえられています。もちろん、この本で身につけた「知識」を外部に語るためには自ら「裏をとる」必要があることは言うまでもありませんが。

『日本国憲法の二〇〇日』 半藤一利 (文春文庫)
 20084月刊(単行本は20035月にプレジデント社より刊行) 1945815日の敗戦から「憲法改正草案要綱」が閣議決定された194636日までの204日間を、310日の東京大空襲で九死に一生を得た著者(当時旧制中学校2年生)が、「史家の目に少年の目を織り交ぜつつ」語ったノンフィクションです。
 この作品のエピローグの末尾をご紹介します。
(引用開始)
 この施行された日の、五月三日の永井荷風日記が愉快である。「五月三日。雨。日本新憲法今日より実施の由なり」
 これは荷風が生前にみずから手を入れて発表したもの。死後の岩波全集本は違っている。「五月初三。雨。米人の作りし日本新憲法今日より実施の由。笑う可し」 たしかにこのころの日本人は皆その内情を知っていた。中学生のわたくしでさ
え存じていた。戦後の諸改革は「米人の作りし」ものならざるとなし。なにも不思議とは思わなかった。出し遅れた証文みたいに「押しつけられた」ゆえに受け入れられぬ、という近ごろの説には唖然とする。日本人はまさしく四月十日の総選挙によって「正しく選ばれた代表から成る国会を通じて」、この憲法を歓迎し、そして受け入れ、制定したのである。いい換えれば、事実として、日本人は圧倒的多数で民主主義と、平和主義を守り、国際社会の一員として生きていくという考え方に賛成したのである。制定過程が拙速であり、与えられたものであることに相違はこれっぱかりもない。といって、「押しつけだから」論で内容まで全否定してしまうのは、荷風さんではないが、「笑う可し」というほかない。
(引用終わり)

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2013年1月2日水曜日

「原子力は危険」「私なら別のエネルギー選ぶ」ベルギー原子力庁最高責任者、引退を前に吐露/ルモンド紙(12月28日)



―――*原発廃止*―――

*即・原発を廃止しても、使用済み燃料や原子炉廃材の放射能と100万年!

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<復興予算>公安・過激派対策車両購入2800万円・刑務所拘置所改修13億円/復興予算を考える

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シリーズ原発事故(8)  4号機 取り出せるか 使用済み燃料 @NHK





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「原子力は危険」「私なら別のエネルギー選ぶ」ベルギー原子力庁最高責任者、引退を前に吐露/ルモンド紙(12月28日)

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「メルマガ金原」No.1219(一部省略)

元旦に読む『9条どうでしょう』(ちくま文庫)



 暮れの30日に、近くの書店で1冊の文庫本を購入し、元旦の今日、一気に読了しました。

 2013年第1号(通算1219号)の「メルマガ金原」は、その本をご紹介しようと思います。



『9条どうでしょう』

 内田 樹、小田嶋隆、平川克美、町山智浩 共著

 2012年10月10日刊行

 ちくま文庫 680円+税



 憲法9条に関わる書籍は結構読んでいる方だと思いますが、この本の存在は知りませんでした。

 オリジナル本は、2006年3月に毎日新聞社から刊行されています。



 事実上の編者である内田 樹(うちだ・たつる)氏の「文庫版のためのまえがき」にはこうあります。



(引用開始)

 「改憲ブーム」に伏流していた「愛国主義」や「好戦的傾向」は続く麻生内閣の倒壊と政権交代によって勢いを失った。でも、消え失せたわけではない。現に、この「まえがき」を書いている2012年の晩夏には、日韓・日中の領土問題をめぐって、「国防強化」とか「弱腰外交」とかいううわずった言葉がまたメディアでは増殖してきている。6年前の「ブーム」の主役たちがいささかのインターバルの後に、再び登場の機会をうかがっているようでもある。もし、そういう点で本書が「今読んでもアクチュアル」な本であるのだとすれば、それは日本人の政治的成熟がこの6年間(東日本大震災と福島原発事故を経由しながらも)ほとんど進まなかったということを意味しているわけで、それを言祝ぐ気にはなれないのである。

(引用終わり)



 内田氏が、毎日新聞社版の「まえがきにかえて」を書いた日付は「2006年2月10日」とクレジットされていますが、これは、小泉政権の末期、第一次安倍晋三内閣誕生の7か月余り前のことでした。

 そして、今回のちくま文庫版の「まえがき」が書かれたのが「2012年8月」であり、自民党総裁選挙の1か月前、そして第二次安倍政権誕生の4か月前のことでした。



 まさに、必要とされるタイミングで世に出る「宿命」を帯びた本なのかもしれないと、読み終わった今、そう考えています。



 以下に、4人の著者のそれぞれの論考の中で、私が最も感銘深く読んだ部分を抜き出しておきましたが、前後の文脈の中に置いてこそ正しく読みとられるべきものですから、是非、原典にあたっていただきたいと思います。



 私は、うかつにもこの本の存在を6年以上知らなかったのですが、それは、この本が「普通の護憲派」が読む本とは明らかに異質な内容を含んでいたからでもありそうです。

 4人の論者の立場が全て一致しているということでは全然ないのですが、 「とこかで聞いたような話」の繰り返しをしたくはない  既成の護憲派とも改憲派とも違う「第三の立場」を探り当て、そこからの眺望を語る

  (「まえがきにかえて」より)

という共通したスタンスによって書かれており、一読、非常に新鮮かつ刺激的です。

 もちろん、自衛隊の位置付けなどに賛同しがたい人もいるでしょうが、内田氏が「おそらく、おおかたの日本国民は口に出さないけれど、私と同じように考えていると私は思う。だからこそ、これまで人々は憲法九条の改訂を拒み、自衛隊の存在を受け容れてきたのである」と主張する時、そこに相当の説得力があることは認めざるを得ません。

 また、改憲派の主張の何が危ういのか、という点についての各論者の指摘は、それぞれ実に正鵠を射ており、非常に参考になります。



 まさに、必要な時期に、必要な本が、入手しやすい文庫本として再刊されたことを喜びたいと思います。

 皆さんも是非ご一読の上、周りの人にも薦めていただければと希望します。



内田 樹(うちだ・たつる)氏

1950年東京生まれ 神戸女学院大学名誉教授 思想家 武道家

「憲法がこのままで何か問題でも?」(17頁~)から

(引用開始)

 自衛隊は憲法制定とほぼ同時に、憲法と同じくGHQの強い指導のもとに発足した。つまり、この二つの制度は本質的に「双子」なのである。それは、この二つの制度がともにアメリカ合衆国の世界戦略から、より直接的にはGHQの占領政策から生まれたことを考えれば当たり前すぎることである。

 憲法九条と自衛隊が矛盾した存在であるのは、「矛盾していること」こそがそもそものはじめから両者に託された政治的機能だからである。憲法九条と自衛隊は相互に排除し合っているのではなく、相補的に支え合っているのである。

 歴代の日本の統治者たちは、「憲法九条と自衛隊」この「双子的制度」を受け容れてきた。その間に自衛隊は増強され、世界有数の軍隊になり、目的限定的にアメリカを支援してきたが、それでも「戦争ができない軍隊」であるという本質的な規定は揺るがなかった。私はこれを「武の正統性」が危うく維持されてきた貴重な60年間だったと評価している。先進国の中で、これほど長期にわたって戦争にコミットしていない国は例外的である。「戦争をしないできた」という事実が戦後日本のみごとな経済成長、効果的な法治、民生の安定を基礎づけてきたという事実を否定できる人間はいないだろう。

 憲法九条のリアリティは自衛隊に支えられており、自衛隊の正統性は憲法九条の「封印」によって担保されている。憲法九条と自衛隊がリアルに拮抗している限り、日本は世界でも例外的に安全な国でいられると私は信じている。

 おそらく、おおかたの日本国民は口に出さないけれど、私と同じように考えていると私は思う。だからこそ、これまで人々は憲法九条の改訂を拒み、自衛隊の存在を受け容れてきたのである。

(中略)

 憲法九条を廃止するという運動を推進している人々は、「改憲した後」のことをどれくらい真剣に考慮しているのだろうか。 おそらく何も考えていないだろう。

 仮に改憲案が衆参両院の三分の二の発議で、国民投票にかけられ、過半数の支持を得た場合、私たちは60年間の夢から半分だけ醒めることになる。だが、改憲派の諸君には目覚めたあとの耐え難い現実を直視する覚悟があるのだろうか。

 憲法九条が廃止されるということは、これまで私たちが「普通の国」の「普通の軍隊」を持つことができなかったのはすべて憲法九条の制約のせいだという「言い逃れ」がもう使えなくなるということである。だが、現実には、憲法九条を廃止しても、軍事をめぐる事情は今と少しも変わらない。憲法九条を廃止したその後も、依然として自衛隊の軍事行動は一から十まで米軍の許諾を得てしか行われない。アメリカは日本の主体的軍事行動を決して許さない。

 アメリカは九条の廃止を黙認するだろうが、その引き替えに、日本の国防予算の増額と、その過半をアメリカ製の高額な兵器の定期的かつ大量の購入に充当することを日本に要求するだろう(あの「年次改革要望書」によって)。これまでのような「後方支援」の代わりに、アメリカが始めた戦争の前線に駆り出して「戦死する権利」も自衛隊員たちのために確保してくれるかもしれない。もっとも無意味な戦争のもっとも無意味な作戦のもっとも兵員消耗の多そうな戦場になら、自衛隊の派兵を提案してくれるだろう。

 それが改憲のあとに日本人が直面するはずの現実である。そのとき、「憲法九条さえなくなれば、日本は誇り高い自主防衛の国になれる」という60年間嘘だとわかりながら自分にむかって告げ続けてきた嘘の決着をつけることを日本人は求められることになる。「普通の国」になったはずのまさにそのときに、アメリカの「従属国」であるという否定しがたい事実に直面するだけの心理的成熟を日本人は果たしていると言えるだろうか。 私は懐疑的である。

(引用終わり)



町山智浩(まちやま・ともひろ)

1962年東京生まれ 映画評論家 父は韓国人

「改憲したら僕と一緒に兵隊になろう」(75頁~)から

(引用開始)

今すぐあわてて改憲しなきゃならないほど切羽詰まった事態ではない。それなのに必死に改憲を求める理由は、国防上の必要性なんかじゃなくて、「民族」なのだ。

 たとえば、中曾根試案にはこんな一文がある。「我ら日本国民は(中略)独自の文化と固有の民族生活を形成し発展してきた」 日本国民は・・・民族を形成し・・・?

 彼は、日本国民イコール日本民族(そんなものがあるとして)だと思ってるわけだ。

もちろん、日本国民には、アイヌ系や琉球系、それに僕のような帰化人もいる。中曾根はかつて「日本は単一民族国家」と発言してさんざん叩かれたのにちっとも学んでない。彼は日本民族のためだけの憲法を作ろうとしているわけで、「すべての人間」と書いたアメリカ独立宣言とはえらい違いだ。

 しかし、「日本国民イコール日本民族」と思っているのは中曾根一人ではないらしく、たとえば、読売新聞が作成した憲法改正案の前文にも「日本国民は、民族の長い歴史と伝統を受け継ぎ・・・」という文章がある。

「憲法という国の要に民族を謳って何がいけないのか?」と疑問に思う人は、「国民国家」というものが全然わかっていない。(引用終わり) 



小田嶋隆(おだじま・たかし)氏

1956年東京生まれ コラムニスト

「三十六計、九条に如かず」(133頁~)から

(引用開始)

 つまり、九条は日本の国防政策の基本方針として十分に現実的かつ有効だ。九条のもとで、十分に国は守れる。

 理由は、戦後からこっち、われら日本国民が、60有余年の間、ひとたびの戦争も経験せず、具体的な侵略の脅威にさらされることもなく、平和のうちに暮らしてきたという実績を挙げれば足りる。「これまで大丈夫だったから、これからも大丈夫だなんていうのは、無責任だ」 という人々があるかもしれない。 が、コトは国防だ。

 新機軸や新体制を試すよりは、現状がうまく機能しているのなら、現状維持が一番だ。安全第一。徐行運転。平和ボケと言わば言え、だ。

 一体に、軍事オタクの人々は、戦地にこそ平和があるといった背理に陥りがちだ。 具体的に言うと、「国の安全をまったきものにするためには、来たるべき戦争に備えて、軍備の更新を怠らず、常に周辺国の動向に警戒の目を配り、さらに、隣国の侵略意図を事前にくじくべく、時に威嚇と恫喝をカマしておくだけの用心深さが必要だ」式の理屈は、細心なようでいて、かえって危険だったりするということだ。

 右の「常住戦場」的な心構えは、内乱勃発中の国や、常に国境紛争をかかえている第三世界の小国や、過去5年以内に、実績として戦争が勃発していた地域では有効かもしれないが、日本にはあてはまらない、っていうか、現今の極東アジア情勢において、周辺国に察知できる形で「戦争準備」を進行したり、「軍事的な示威行動」をやらかすのは、いたずらに緊張を高めるだけ、愚の骨頂だ。

(中略)

 ねじれは別のところにもある。憲法第九条の熱烈な支持者のひとりに、おそらく今上天皇がいるということだ。 もちろん、天皇が公的な場所で、九条への思いを語った事実があるわけではない。 が、2005年6月のサイパン訪問の折に、急遽韓国人戦没者の慰霊塔(韓国平和記念塔)を参拝していることをはじめ、現代日本の公的な立場にある人々のうちで、最も頻繁に、かつ真摯に「反戦」と「平和」について言及しているのがほかならぬ天皇皇后両陛下である事実は、銘記しておくべき事実だ。

 2004年の園遊会では、こんなこともあった。

 ―園遊会には、日産のカルロス・ゴーン社長や将棋永世棋聖で東京都教育委員の米長邦雄さんも招かれ、米長さんが陛下に「日本中の学校で国旗を掲げ、国家を斉唱させることが仕事です」と話し、陛下が「やはり、強制でないことが望ましいですね」と応じられる場面もあった―(「読売新聞」2004年10月29日朝刊)。

 何気ない記事だが、末尾の余韻はなんだか感慨深い。つまり、この国の右傾化に歯止めをかけているのは、いまや天皇家の人々であるということだ。

(引用終わり)



平川克美(ひらかわ・かつみ)氏

1950年東京生まれ リナックスカフェ社長

「普通の国の寂しい夢―理想と現実が交錯した20年の意味」(181頁~)

から

(引用開始)

 わたしは、現行の憲法は何が何でも総体として変えてはならないと主張する護憲派ではない。いや、たとえ一字一句同じ憲法であったとしても、日本人はもう一度、憲法というものを自ら選び直す必要があると思っている。また、専守防衛の自衛隊の構想と、今のような自衛隊を育ててきたことを評価してもいる。その上で、自衛隊の存在意義を憲法に位置付けられればいいと思っているのである。

 しかし、この間の改憲の議論を見ていて、「彼ら」には憲法を変えていただきたくないと思うのである。「彼ら」とは、世界の現実に合わせて、あるいはアメリカの極東軍事戦略に沿って、憲法第九条を変更して国軍を海外に展開したいと望んでいるもののすべてである。「それで、国が守れるのか」と、戦後60年間、現行憲法の理念に希望を見出そうとしていた人々の声に恫喝を加えるもののすべてである。集団的な自衛権は、近代国家としての普遍的な権利であると主張する現実派のすべてである。また、軍事力を外交交渉のカードとして使いたい戦略政治家のすべてでもある。そして、このような「常識」に賛意を示す善良なる日本人大衆である。

 「彼ら」に共通しているのは、「現実」というものは、自分たちが作り出すものに他ならないという認識の欠如である。「現実」に責任をとるということは、「現実」に忠実であることではなく、「現実」を書き換えるために何をすべきであるのかと考え続けることである。

(引用終わり)



 なお、内田樹氏が、2007年6月20日、ご自身のブログ(内田樹の研究室)に掲載した文章「愛国について語るのはもうやめませんか」も、今まさに必要とされている認識だと思いご紹介しておきます。

 http://blog.tatsuru.com/2007/06/20_1056.php



(引用開始)

 教育関連三法が今日参院を通過する予定だそうである。 安倍首相は昨日の参院文教科学委員会の総括質疑でこう答えた。 「地域を愛する心、国を愛する心を子どもたちに教えていかなければ、日本はいつか滅びてしまうのではないか。今こそ教育の再生が必須だ。」 私は子どもが郷土や国家にたいして愛着を持つことは国民国家にとって死活的に重要であるということについて首相に異存はない。

 しかし、「愛国心」というのはできるだけ公的な場面で口にすべきことではない言葉のように思う。

 法律文言に記すというようなことはもっともしてはならぬことである。それは左派の諸氏がいうように、愛国教育が軍国主義の再来を呼び寄せるからではない。 愛国心教育は構造的に人々の愛国心を毀損するからである。 私は愛国者であり、たぶん安倍首相と同じくらいに(あるいはそれ以上に)この国の未来とこの国の人々について憂慮している。

 日本人はもっと日本の国土を愛し、日本のシステムを愛し、日本人同士もっと愛し合わねばならない。

 私はそう思っている。 しかし、もしこの願いをすこしでも現実的なものにしようと思ったら、「愛国心」という言葉の使用はできるだけ回避した方がよろしいであろう。 私はそう思う。 なぜなら、「愛国心」という言葉はそれを口にした人間に必ずや祖国のシステムとある種の同国人に対する憎悪の感情を備給せずにはおかないからである。 私自身の愛国心理解はたいへんシンプルである。 それはことあるごとに「日本の伝統とか風土って、最高だよね」といい、「日本の

システムって悪くないと思うぜ」と他人にも自分にも説ききかせ、異郷で同国人に会うと、その人の人間的な出来不出来や思想信教イデオロギーにかかわらず、とりあえず愛してしまうというかたちをとる。

 「Where did you come from?」

 「Japan」

 「え?あんた、日本人なの。ほんと?わお。今日は飲み明かそうぜ」というのが私的な愛国心のもっともシンプルな発現形態である。 よく考えると理不尽である。

 どうして、地理上、法制上の擬制であるところの「区切り」の内側にたまたま居合わせた人間同士はそうでない人間よりも優先的に愛し合わねばならないのか。 私にもよくわからない。 けれども、これを「愛国心の発露」であるというふうには思っていない。 思わないようにしている。 じゃあ、どういう感情のありようなのだと訊かれたら、「なんか、よくわかんないけど、あるじゃん、そういうのって・・・(もごもご)」と言葉尻を濁らすことにしている。 というのは、もし「同国人を優先的に身びいきする態度」のことを「愛国心」というふうに言ってしまうと、そうではない愛国心のありようとフリクションが起きるからである。 というのは、ほとんどの「愛国者」の方々の発言の大部分は「同国人に対するいわれなき身びいき」ではなく、「同国人でありながら、彼または彼女と思想信教イデオロギーを共有しない人間に対する罵倒」によって構成されているからである。 さきの安倍首相のご発言にしても、文教科学委員会の野党席からは「何いってんだバカヤロー」というような口汚いヤジが飛んだであろうし、それをハッタとにらみ返した首相も、機会が許せば彼らを火刑台に送る許可状にサインしたいものだと思っていたことであろう。 いや、隠さなくてもよろしい。 そういうものなのだ。

 人は「愛国心」という言葉を口にした瞬間に、自分と「愛国」の定義を異にする同国人に対する激しい憎しみにとらえられる。 私はそのことの危険性についてなぜ人々がこれほど無警戒なのか、そのことを怪しみ、恐れるのである。

 歴史が教えるように、愛国心がもっとも高揚する時期は「非国民」に対する不寛容が絶頂に達する時期と重なる。

 それは愛国イデオロギーが「私たちの国はその本質的卓越性において世界に冠絶している」という(無根拠な)思い込みから出発するからである。 ところが、ほとんどの場合、私たちの国は「世界に冠絶」どころか、隣国に侮られ、

強国に頤使され、同盟国に裏切られ、ぜんぜんぱっとしない。 「本態的卓越性」という仮説と「ぱっとしない現状」という反証事例のあいだを架橋するために、愛国者はただ一つのソリューションしか持たない。 それは「国民の一部(あるいは多く、あるいはほとんど全部)が、祖国の卓越性を理解し、愛するという国民の義務を怠っているからである」という解釈を当てはめることである。 そこから彼らが導かれる結論はたいへんシンプルなものである。 それは「強制的手段を用いても、全国民に祖国の卓越性を理解させ、国を愛する行為を行わせる。それに同意しないものには罰を加え、非国民として排除する」という政治的解決である。

 その結果、「愛国」の度合いが進むにつれて、愛国者は同国人に対する憎しみを亢進させ、やがてその発言のほとんどが同国人に対する罵倒で構成されるようになり、その政治的情熱のほとんどすべてを同国人を処罰し、排除することに傾注するようになる。 歴史が教えてくれるのは、「愛国者が増えすぎると国が滅びる」という逆説である。 「ドイツは世界に冠絶する国家」であるという自己幻想と「あまりぱっとしない現状」のあいだをどう架橋すべきか困ったナチスは「ドイツが『真にドイツ的』たりえないのは非ドイツ的ユダヤ人が国民の中に紛れ込んでいるせいである」という解を得た。

 そして600万のユダヤ人を殺した。 ナチスの仮説が正しければ、ドイツ支配地域のユダヤ人がほぼ全滅した時点で、「真にドイツ的なドイツ」が顕現して、ドイツはその絶頂期を迎えるはずだったのだが、どういうわけかどんどん戦況は悪化した。 この反証事例の説明に窮したナチスは「スターリンもルーズベルトもチャーチルも、すべてユダヤ人の手先なのである」という説明を採用して、破綻を糊塗した。 さらに戦況が悪化して、ベルリン陥落直前になったときに、困り果てた宣伝相ゲーリングはこのアポリアをすべて説明できる最終的解決を思いついた。 それは「ヒトラー自身がドイツを滅ぼすためにひそかに送り込まれたユダヤ人の手先だった」という解釈である。 これならすべてが説明できる。

 これを思いついてゲーリングはかなりほっとして死んだことであろう。 愚かしいと笑う人がいるかもしれないが、愛国心というのは本質的にこういうグロテスクな自己破壊といつだって背中合わせなのである。 あなたの身近にいる「自称愛国者」の相貌を思い出して欲しい。 彼らのもっともきわだった感情表現はおそらく「怒り」と「憎悪」であり、それはしば

しば彼ともっとも親しい人々、彼がまさにその人々との連帯に基づいて日本国全体の統合を図らなければならない当の人々に対して向けられている。 私はそのような性向をもつ人々がいずれ国民的統合を果たし、国民全体にひろびろとゆきわたるような暖かい共生感をもたらすであろうという予見には与しない。 憎悪から出発する愛などというものは存在しない。 排除を経由しなければ達成できない統合などというものは存在しない。

 自分に同意しない同国人を無限に排除することを許す社会理論に「愛国」という形容詞はなじまない。 それはむしろ「分国」とか「解国」とか「廃国」というべき趨向性に駆動されている。 そういうお前は愛国者なのか、と訊かれるかもしれないから、もう一度お答えしておく。 そういう話を人前でするのは止めましょう。 現に、愛国心をテーマに書き始めたら、私もまた「愛国心」のありようを私とは異にする同国人たちに対する罵倒の言葉を増殖させ始めている。 愛国心についてぺらぺら語ることは結果的に同国人を愛する動機を損なう。 真の愛国者は決して「愛国心」などということばを口にしない。 ことばじゃなくて、態度で示す(同国人に対するいわれなき身びいきとかで)、ということでいかがでしょうか。

(引用終わり)



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2013年1月1日火曜日

脱原発社会実現のため安倍壊憲政権と闘い、非暴力民主主義革命の道を歩もう



―――*原発廃止*―――

*即・原発を廃止しても、使用済み燃料や原子炉廃材の放射能と100万年!

*低線量被曝に関しては、ECRR(欧州放射線リスク委員会)の「2010年勧告」を基調にする。

*国家権力の横暴を許さず、主権者である国民の命と生活を守る政権の樹立を!

――――――――――――



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脱原発社会実現のため安倍壊憲政権と闘い、非暴力民主主義革命の道を歩もう

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新年あけましておめでとうございます!

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大飯、東通りの断層評価-同門同士で茶番の安全評価。結論は始まる前から見えている

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総括:アウシュビッツと原発再開・・・「切迫した集団心理」がもたらす狂気

http://takedanet.com/2012/12/post_122e.html





☆Nuclear F.C : 原発のウソ



上杉隆さんのお話 (12月31日)

http://blog.livedoor.jp/ryoma307/archives/6839704.html





☆金原 徹雄  http://www.facebook.com/#!/tetsuo.kimbara より、

(「メルマガ金原」のAuthor)

皆さま、明けましておめでとうございます。昨晩の紅白歌合戦は近年ずっとそうでしたが、全く見る気にならず寝てしまったものの、さすがに斉藤和義さんと美輪明宏さんだけは気になっていました。紅白をご覧になった方には説明の必要もないでしょうが、斎藤さんのギターストラップに「NUKE IS OVER」の文字が!美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」とともに、元気が出る元旦となりました。「ヨイトマケの唄」→

 http://www.youtube.com/watch?v=OygSI8_-jcw&feature=youtu.be 

ぴそりんさんの写真をもっとよく見るにはURLをクリック!!

p.twipple.jp

「ぴそりんさん@pisorin56: 【画像有】NHK紅白歌合戦で、斉藤和義のギターストラップに「NUKE IS OVER」と書いてある!! #nhk #斉藤和義 RT希望 」(ついっぷるフォト)





「メルマガ金原」No.1238(一部省略)



 12/2日本学術会議 学術フォーラム「高レベル放射性廃棄物の処分を巡って」



 昨晩配信したNo.1037「茂木敏充経産相の原発政策見直し発言」の中で、茂木新経産相に対し、美輪明宏さんが放射性廃棄物の最終処分をどうするのか議論するのが(再稼働などより)先だろうと鋭い突っ込みをいれている画像をご紹介しましたが、まさにその問題をテーマとした学術フォーラムが、去る12月2日、日本学術会議の主催によって開催されていました。

 ご紹介が遅くなりましたが、非常に重要な問題ですから、そのユースト中継をご紹介しておきます。もっとも、全部で5時間にも及ぶ長時間のフォーラムなので、全部視聴するのはなかなか難しいかもしれませんが(視聴の目安となる時間も書き込んでおきましたので参考にしてください)、原発推進側、批判側、それぞれの論客が登壇しての相当にレベルの高い議論が視聴できるのではないかと思います(実は私もまだつまみ食い的にしか視聴していません)。



① http://www.ustream.tv/recorded/27435173 (2時間09分53秒)

② http://www.ustream.tv/recorded/27437415 (2時間59分58秒)

③ http://www.ustream.tv/recorded/27439767 (03分08秒)



開催概要をチラシから引用します。

 http://www.scj.go.jp/ja/event/pdf2/163-s-1202.pdf



(引用開始)

日本学術会議主催学術フォーラム

「高レベル放射性廃棄物の処分を巡って」

日時:平成24年12月2日(日)13:00~18:00

場所:日本学術会議講堂

開催趣旨

 平成24年9月11日に原子力委員会に提出した「高レベル放射性廃棄物の処分に関する回答」は、手交に至る前から大きな社会的関心を呼び、原子力発電の是非をめぐるバックエンド問題として極めて重要な課題であることが浮き彫りになった。高レベル放射性廃棄物の処分は、原発を存続するないし廃止するに関わらず、対処しなければならない問題であり、これまで先送りされてきたこの問題について、上記原子力委員会への「回答」をベースに多様な立場からの議論をシンポジウム形式で実施する。

次第

第Ⅰ部(13:00~13:30)

開催挨拶及び基調報告「高レベル放射性廃棄物の処分に関する回答」について

 今田高俊(日本学術会議会員)

  ①16分~

第Ⅱ部(13:30~14:50)

基調講演「高レベル放射性廃棄物の処分について」

 鈴木達治郎(原子力委員会委員長代理)

  ①44分~

 武田精悦(原子力発電環境整備機構NUMO)

  ①1時間08分~

 石橋克彦(神戸大学名誉教授)

  ①1時間29分~

 山口幸夫(原子力資料情報室共同代表)

  ①2時間00分~(②の冒頭に続く)

第Ⅲ部(15:10~17:40)

パネルディスカッション

テーマ①総量管理②暫定保管③多段階の意思決定

  ②23分~

コーディネーター

 柴田徳思(日本学術会議連携会員)

パネリスト 

 鈴木達治郎(原子力委員会委員長代理)

 武田精悦(原子力発電環境整備機構NUMO)

 石橋克彦(神戸大学名誉教授)

 山口幸夫(原子力資料情報室共同代表)

 舩橋晴俊(日本学術会議連携会員)

 千木良雅弘(日本学術会議連携会員)

第Ⅳ部(17:40~18:00)

総括及び閉会挨拶

 山地憲治(日本学術会議会員)

  ②2時間43分~(③に続く)

(引用終わり)

  

 9月11日に日本学術会議が原子力委員会に手交した「回答」については、以前メルマガNo.1124「9/11日本学術会議による高レベル放射性廃棄物の処分に関する『提言』」として取り上げました。

 http://kimbara.hatenablog.com/entry/2012/10/01/233041



 『回答 高レベル放射性廃棄物の処分について』(日本学術会議)の本文を再度ご紹介しておきます。

 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-k159-1.pdf



 高レベル放射性廃棄物の問題は、原子力(核)問題の中でも、高度に技術的かつ倫理的な問題であり、この点についての自らの見解を確立すれば、その後、いかなることがあっても意見が揺らぐということはあり得ないだろうと思うほどです。

 年末年始の休みを利用して、じっくりと考えてみる時間が持てればと思います。



(付言)

 2011年3月28日に「メルマガ金原No.1」を配信した時には、ここまで続けることになるとは思っていませんでした。

 「毎日配信」を続けながら、2回目の大晦日を迎えています。

 まあ、「毎日配信」それ自体に価値がある訳ではありませんから、これはそのうち途絶えることになると思いますが、情報発信は出来るだけ続けていければと思っています。

 今後とも、ご愛読をよろしくお願いします。



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