2012年8月20日月曜日
意見聴取会、中部電力課長による、「放射能の直接影響で亡くなった方は1人もいない。」という趣旨の発言
―――*原発廃止*―――
*即・原発を廃止しても、使用済み燃料や原子炉廃材の放射能と100万年!
*低線量被曝に関しては、ECRR(欧州放射線リスク委員会)の「2010年勧告」を基調にする。
*国家権力の横暴を許さず、主権者である国民の命と生活を守る政権の樹立を!
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☆小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ
6月16日 小出裕章さんの講演「『暗闇の思想』から学ぶ」(第八回竜一忌 )
http://hiroakikoide.wordpress.com/2012/08/20/matushitaryuuiti_2012jun16/
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「政府と省庁が圧倒的に信頼を失っていったワケ」~コミュニケーションは成立するのか?~東大影浦教授8/9細野大臣私的懇談会(動画・内容書き出し)
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-2249.html
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ETV特集 ルポ 原発作業員 ~福島原発事故・2年目の夏~
http://blog.livedoor.jp/ryoma307/archives/6547435.html
☆「メルマガ金原」No.1071 (一部省略)
チェルノブイリから学ぶための翻訳2例
人類史上、原子力発電所が大事故を起こし、大量の放射性物質が放出されて広範囲に汚染が広がった実例としては、福島の前にはチェルノブイリしかありません(スリーマイル島事故による汚染はレベルが違います)。
今後非常に懸念される健康被害をいかに最小化するかを考える際にも、先例となったチェルノブイリの経験から学ぶことが重要であることは言うまでもありません。
しかしながら、最近、動画サイトで日本語字幕版が視聴できるようになった『真実はどこに?―WHOとIAEA 放射能汚染を巡って』を観ても、どうすればより実態に近い研究成果を知ることができるのか、途方にくれてしまいます。
http://www.youtube.com/watch?v=oryOrsOy6LI (50分31秒)
従って、以下にご紹介する2つ研究(の日本語訳)の評価については、お読みになった方それぞれの判断に委ねることしかできません。 ・・・という留保を付した上で、少しずつでも是非目を通していただければと思います。
『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響』
(Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment)
Alexey V. YABLOKOV
Vassily B. NESTERENKO
Alexey V. NESTERENKO
原書 http://www.strahlentelex.de/Yablokov%20Chernobyl%20book.pdf
(pdf 349ページ)
翻訳プロジェクト http://chernobyl25.blogspot.jp/
※ 翻訳が完成したあかつきには岩波書店から訳書が刊行される予定です。
現在公開中の翻訳• 前書き
• はじめに
• 序: チェルノブイリについての厄介な真実
• 第2節: チェルノブイリ事故の住民の健康への影響 - 方法上の問題点
• 第3節: チェルノブイリ大惨事後の総罹病率と認定障害
• 第4節 チェルノブイリ大惨事の影響で加速する老化
• 第5節 (6) 尿生殖路の疾患と生殖障害
• 第5節 (7) 骨と筋肉の疾病
• 第8節 チェルノブイリ後の大気、水、土壌の汚染
• 第13節 チェルノブイリの放射性核種を除去する
(このプロジェクトについて・引用開始)
1986年4月26日に起きたチェルノブイリ事故の被害をめぐっては、国連、IAEA(国際原子力機関)、WHO(世界保健機構)などにより「直接的な死者は50人、最終的な死者は4000人」といった過小評価が公式化されてきましたが、実態ははるかに深刻です。なかでも、ゴルバチョフの科学顧問を務めたロシアの科学者アレクセイ・ヤブロコフ博士を中心とする研究グループが2009年にまとめた報告書『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響』(Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment)は、英語だけでなくロシア、ウクライナ、ベラルーシ現地の膨大な記録や文献から、犠牲者数を少なくとも98万5000人と見積もっています。
東日本大震災と津波が引き金となった福島原発事故により、私たちはチェルノブイリに匹敵する放射線被曝が日常化する時代を生きなければならなくなりました。“フクシマ後”の日本人がチェルノブイリ被害から学ぶには、その真相を知る必要があります。
このサイトは、一刻も早く本書の情報を日本語にしたいと願う翻訳者たちが、ヤブロコフ博士らと協力しながら出版までのプロセスを広く共有するために開設しました。翻訳作業に参加していただける人、放射線医学など専門分野のチェックを手伝っていただける方はこちらからご連絡ください。星川 淳作家・翻訳家 一般社団法人 act beyond trust 事務局長
(引用終わり)
『チェルノブイリの健康被害 原子炉大惨事から25年の記録』
(Health Effects of Chernobyl 25 years after reactor catastrophe)
著者 理学博士セバスチャン・プフル-クバイル会長, ドイツ放射線防護協会
ヘンリック・パウリッツ, 核戦争防止国際医師会議ドイツ支部
医学博士アンジェリカ・クラウセン, 核戦争防止国際医師会議ドイツ支部
医学博士インゲ・シュミッツ・フォイエルハッケ教授, ドイツ放射線防護協会
翻訳:原発の危険から子どもを守る北陸医師の会:
(事務局)石川県能美市松が岡3-67(よしだ小児科クリニック内、世話人吉田均)
原書 http://www.ratical.org/radiation/Chernobyl/HEofC25yrsAC.html#Rfn196
翻訳サイト http://isinokai.blogspot.jp/2012/05/health-effects-of-chernobyl-25-years.html
翻訳目次
読者のみなさまへ
「チェルノブイリの健康被害」 著者紹介
A)エクゼクティブサマリー(概要)
B) WHOとIAEAによって発表される公式デ-タは信用できないので、ご注意!
C) 核戦争防止国際医師会議と放射線防護協会の提言
第1章 はじめに
第2章 汚染除去作業員
第3章 乳児死亡
第4章 遺伝的および催奇的障害(奇形)
第5章 甲状腺がんとその他の甲状腺疾患
第6章 がんと白血病
第7章 チェルノブイリ事故によるその他の病気
引用文献
(読者のみなさま・引用開始)
ドイツから『チェルノブイリの健康被害-原子炉大事故から25年の記録』がネットで配信されました。WHO(世界保健機構)の広報とはまったく異なることが書かれています。私たち医師としても驚愕の内容であり、多くの人に知っていただくべきと考え、翻訳に取り組みました。
原発事故はもう2度と起きてはいけませんね。もし、チェルノブイリ級の大惨事が日本で起きれば、私たちの健康と子どもたちの未来、そして美しい国土が失われます。
しかし、政府や原発の地元自治体、電力会社そして原子力を推進してきた学者たちは原発を再稼働させようとしています。彼らはもしかして放射能の健康被害の怖さを知らないのではないか、あるいは、知りたくないのではないか。チェルノブイリで起きたことをしっかり勉強していただければ、原発はすべて廃炉すべきであると思うはずです。そう信じて、私たちはこの報告書(論文集)を翻訳しました。したがって、このウェブサイトの目的は『原発廃止』ということです。
実際翻訳してみると、あまりにも恐ろしい内容にキーボードの手が震えました。内容は専門用語もありますが、一般の読者の方にもご理解できるようにと、できるだけわかりやすく翻訳したつもりです。長文ですので一章ずつ、1週間ほどかけて、ゆっくり読まれることをお勧めします。
最後に、現在福島の被災地で過ごしていらっしゃる方にお話しなくてはいけません。ここに書かれていることが、福島でそのまま起きるとは全く考えていません。フクシマ原発事故では放射性降下物は西風のため大部分が太平洋に落下しました。一方、チェルノブイリはユーラシア大陸の内陸部に位置していたので、ほとんどが人々の住む大地に降り注ぎました。風の方向と、立地条件によって被害状況が左右されるということです。
そして、食べ物や飲み物も日本とは異なりました。経済的な理由で汚染された物を食べざるをえなかったという事情もあります。チェルノブイリではその点の注意が十分ではなかったようです。ただ、チェルノブイリから遠く離れたヨーロッパでも健康被害が報告されています。もし、これが事実だとすれば、念のためにできる限りのことをされることをお勧めいたします。たとえば、高濃度汚染地域には決して近づかない、食物・飲み物はなるべく汚染されていないもの購入する、小さいお子さんや妊婦さんはできれば離れた地に避難される、などです。
私たちは、この翻訳がみなさまにご迷惑をかけるのではないかと心配し、ネット配信を控えるべきかとも考えました。しかし、チェルノブイリ級の大惨事になれば、これだけのことが起きるのだという事実を、国民全員に知っていただくことも大切と考えました。もしも、福島の人々の幸せを考えずに、遠くから無責任なことを言っていると思われましたら、それは私たちの不徳の致すところで、申し訳ありません。
どなたにも健康被害が生じないことを心より祈っております。
原発の危険から子どもを守る北陸医師の会一同
(引用終わり)
☆「メルマガ金原」No.1072 (一部省略)
「原発事故で死んでない論」は許せない(東京新聞・こちら特報部)
当初、「エネルギー・環境に関する選択肢」についての意見聴取会において、電力会社の役員や社員が発言して批判を浴びましたが、中でも、7月16日、名古屋会場における中部電力課長による、「放射能の直接影響で亡くなった方は1人もいない。今後、5年10年たってもこの状況は変わらないと思う」という趣旨の発言が物議を醸し、すぐに電力会社及び関連会社に勤める者は発言させないということになりました。
記憶を風化させないためにも、もう一度その発言を振り返っておきましょう。
http://www.youtube.com/watch?v=R81IXYr-ALo
※ 中部電力・岡本道明課長の発言は40分48秒からです(細目次付き)。
さて、大手メディアで、この発言を真正面から批判する記事が出るとすればまずこの社だろう思っていたとおり、発言からほぼ4週間で、東京新聞「こちら特報部」がこの問題を取り上げてくれました。 是非ご一読ください。
http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-6610.html
(引用開始)
「原発事故で死んでない論」は許されない (東京新聞「こちら特報部」8月12日)
将来のエネルギー政策を決める政府の意見聴取会で先月、中部電力の社員が「(福島原発事故で)放射能の直接的な影響で亡くなった人は一人もいない」と発言した。この場に限らない。最近、ちまたでよく耳にする「原発事故で死んだ人はいない」論。そこでは避難を強いられた地域住民の苦しみは置き去りだ。どうか思い出してほしい。原発事故がなかったら、死なずにすんだ人たちがいる。(中山洋子)
「原発事故で誰も死んでないなんて、まるでうそ。姉の死は間違いなく原発事故のせいだ」 福島県南相馬市鹿島区の仮設住宅。江井富美さん(71)が声を震わせた。
同市小高区で独り暮らしをしていた姉=享年(75)=は、震災発生から二週間後に自宅で病死しているのが見つかった。
福島第一原発から約十五キロ。昨年三月十二日に避難指示が出され、この日には親戚が電話で姉の無事を確認していた。
「市内のあちこちで断水していたが、近所でお水をもらっているようだった。偶然電話がつながったのはその日だけ。その後は連絡が取れなくなった。どこかに避難してくれていたらと願っていたのに…」心配した親族が市に問い合わせ、二十五日に警察や市職員とともに自宅を訪ねると、玄関近くに倒れて死亡していた。
「近くに『水をください』というメモがあったと聞いた。立ち会った親族によると、発見の数日前の日付だった」 同じ小高区に住んでいた江井さんも、震災直後に心臓発作を起こしてしばらく動
けなかった。
「同居の娘に『私を置いて逃げて』と本気で頼んだ」。十四日になんとか家族で避難した。混乱の中、連絡が取れない親族や友人については無事を祈るしかなかった。
江井さんは「姉を助けられなかったことを親族も親しい知人もずっと悔やんでいる」と話す。
今年四月まで警戒区域だった小高区では、上下水道の復旧が進んでいない。江井さんの自宅もまだ水が使えず、一時帰宅する際にペットボトルは欠かせない。姉の墓所は小高区にあり、納骨もまだできていない。
江井さんは生前の姉の姿をよく思い出す。「健康に気をつけていて、私よりずっと元気だった。詩吟が好きでピアノも始めていた。その姉がなぜ死ななければならなかったんでしょうか」
同県本宮市の仮設住宅に避難している浪江町の橘柳子さん(72)も、中部電力社員の発言を伝えるテレビに向かって、「何を分かってるっていうの」と思わず怒鳴った。
津波に襲われた浪江町の沿岸部で、本格的な行方不明者の捜索が始まったのは震災発生から約一カ月後の四月十四日。しかし、原発から十キロ圏内では、住民が立ち入ることはできなかった。
「避難する直前、ガレキの山から『助けて』という声を聞いた住民もいる。子どもや親と連絡が取れていなかったのに逃げるしかなかった住民もいる。津波だけなら、救助できたかもしれない。それが本当に悔しい」
原発事故発生に伴う避難の指示内容はくるくる変わった。昨年三月十一日に「三キロ圏内」だった政府の避難指示は、翌十二日に「十キロ」「二十キロ」と順次拡大した。二十五日には三十キロ圏内の自主避難も促された。そのたびに住民たちは避難場所の移動を強いられた。四月二十二日からは、二十キロ圏は「警戒区域」として立ち入りが制限された。
前出の橘さんは今年七月、母の大井トシノさん=享年(92)=を亡くした。ただ、震災死扱いはされてはいない。
認知症のトシノさんは震災当時、約百三十人の入院患者と院長が取り残された双葉病院(同県大熊町)の系列の介護施設に入所していた。
避難は混乱を極め、十時間以上に及ぶ移動中や到着後にお年寄りが次々に死亡。昨年三月中だけで、入院患者と施設入所者を合わせて五十人が亡くなっている。
トシノさんの行方を捜していた家族は、しばらくして会津若松市の病院にいるのを見つけた。それまでしゃんと背筋を伸ばしていた母は、橘さんが再会したときは別人のようにやせ細り、ふらついていた。
橘さん夫婦も、避難先を十カ所も転々とした。「母は説明できなかったが、どんなつらい目にあったのか。もっと長生きできたはず」。双葉病院のお年寄りたちも、原発事故がなければ死なずにすんだ人たちだ。
避難した住民たちを苦しめる「原発事故で死んだ人はいない」論には二重のごまかしがある。
低線量被ばくの健康リスクがある。その実態はまだ明らかではない。そして、事故により避難を強いられ、そのために亡くなった人々を無視していること。被害を軽んじる議論がその風化をあおっている。
どれだけの人が犠牲になったのか。明確な統計はないが、復興庁のまとめ(今年三月末)によると、事故避難を含む避難生活などで病状が悪化したり、自殺に追い込まれた震災関連死は福島県で七百六十一人だった。
同庁による原因分析のサンプル調査では、福島県に限ると、避難所などへの移動中の疲労による死亡が56%。原発事故に伴う死者が「一人もいない」とはいえない。
ちなみに、今月十日時点での南相馬市の関連死は三百十五人、浪江町は百六十三人、双葉町六十人、大熊町三十八人、富岡町七十七人、楢葉町三十六人と続く。
この中には自殺も含まれる。警察庁のデータを基にした内閣府の統計(今年六月末現在)では、福島県は十六人が命を絶っており、明確に原発事故が原因と遺書を残したケースもある。
このうち六人が今年に入ってからの自殺者で、五月には浪江町の自宅に一時帰宅した六十代の自営業男性が町内で首をつって自殺した。
このほかに震災発生後もしばらく生存していた可能性のある死がある。双葉町によると、震災で亡くなったことが明確な直接死の中に、溺死や圧迫死だけではなく、避難区域内での衰弱死が一例含まれている。富岡町も衰弱死のケースがあったことを認めている。
犠牲を生む回路はまだ絶たれていない。仮設住宅には疲弊が蓄積している。前出の橘さんはその心象風景をこう語った。
「帰れない、と泣く人も増えてきた。ささやかな幸せや何げない日常を奪われた喪失感が心に穴をあけている。これが放射能汚染のせいでなければ何なのか」
<デスクメモ> 「八月ジャーナリズム」という業界用語がある。平和、反戦というテーマがいまごろになると強調されることを指す。やや自嘲的な響きもある。というのは、この時期以外はこのテーマに疎遠だからだ。福島原発事故から十七カ月。「三月ジャーナリズム」を生んではいけない。厳しくいさめたいと思う。(牧)
(引用終わり)
(追記) 今晩(8月20日)は都合により配信できませんので、午前中にお送りする
こととしました。
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*今日の「最低気温23℃→最高気温32℃」
☆今朝の定例の散歩(7:00~8:30)は、都合により中止。
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